昨日の会いにいける「ゴー宣道場」は久しぶりの開催で、
いろいろと問題点が出て来た。
不定期開催で、「SAPIO」でのはがきの応募をしなくなり、
師範方のブログでの呼びかけが締め切り3日前くらいに
なってしまい、当日は開催以来初めて天候が崩れ、
欠席者も多かった。
やはり不定期開催は問題があるのかもしれない。
師範方もたるんでいて、高森氏はダブルブッキングで
第一部しか参加できず、わしも含めて応募締め切りを
忘れていて告知をしてない。
さらに不定期開催が門弟更新の機会を減らすことにも
繋がっている。
臨機応変の不定期開催は、
会場の予約に手間取るのも問題だ。
皇室のこと、皇統のことを真剣に考える集団が他にない
のだから、「ゴー宣道場」はどうしても続けなければならない。
皇室が消滅したら、日本は日本ではなくなるという危機感を
持つ「尊皇のナショナリズム」を持つ国民が参加できる会は
「ゴー宣道場」しかないのだ。
そして、不定期開催とは関係なく、そもそも大文字の天下国家
なら関心があるが、小文字の個別具体的な社会問題が
テーマの時は、人々の関心が薄れるという傾向がある。
「専業主婦」を議論するとなると、確かに「専業主婦」や
「共働き主婦」や「シングル女性」の関心は高いが、
一般男性の関心が圧倒的に少なくなる。
こういう傾向自体が情けない。
いかにナショナリズムが観念論ばかりになっているかの証拠だ。
中韓に反発する排外主義しか興味がないのが実情なのだ。
少子化は国力の衰退か移民受け入れに繋がるのであって、
まさに天下国家の問題に他ならない。
その大問題が「専業主婦への回帰」というアナクロな考えで
通用するのかは、「保守」の意義を問うためにも、
必要な議論である。
問題は産業構造の変遷から、共同体の崩壊から、
男と女の関係性から、将来の国家ビジョンにまで拡大する
テーマであるのに、それが人々はわかってない。
ナショナリズムの質を上げるためにも、
やはり隔月開催に戻すことを考える。